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「あ、ほらあいつだよ」

「おっ、どれよ?」

 

昼休みに皆が噂していたのを覚えている

 

「ほら、あの茶髪の」

「おー確かに噂通りのイケメンっすねー」

「新井も拝んどけよ!ご利益あるかもよ」

「はぁ、なんの話」

「だぁー!おっ前、ホント人の話聞かねーよな!」

「新井ほら、あそこに茶髪いんだろ?」

 

三階建てのボロい校舎の屋上から見えた中庭に

友達数名と仲良さげに歩いている茶髪が一人

 

「クォーター、なんだってさ」

「ふーん」

「なんだよ、興味なさそうだな」

「興味もなにも…関係ないし」

「…ホント、お前と話してると気ぃ抜けるわ…」

 

お茶を飲みながら俺は興味も無さそうに見ていたと思う

ただその時は風に吹かれるたびに茶髪がふわふわとなびいていて

 

 

「たんぽぽみたい」

「は?」

「や、なんでもない」

 

 

女も男も皆が皆、青春を謳歌しようと頑張っていたあの頃。

 

 

「なぁ、なんであいつ有名か知ってる?」

「顔がいいからじゃねーの」

「違うんだなー、これが」

 

 

 

 

 

 

「あいつ、ゲイなんだってさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

     dande-lion 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっし!新井!飲み行くぞ!」

「・・・昨日も行きましたよね」

「昨日は昨日!今日は今日!明日は明日の風が吹く!どうよ!」

「どうよ、じゃないですよ…昨日の今日で頭ガンガンしてるんですけど…」

「お前相変わらずだなー、よし鍛えに行くか!」

「結局飲みに行くんですね…分かってましたけど、はぁ」

「驕りなんだからため息つくなって!ははは!」

「・・・はぁ」

 

 

新卒で入った会社ももう5年目を迎えた

遠方の大学を卒業して地元で就職、なんてよくある話で。

同窓会なんかにも呼ばれる

でもなかなか日程が合わずに足踏みしているままだ

 

 

「今日はいつもとは違う店にいってみるか!」

「ナカさんの居酒屋じゃないんですか?」

 

ナカさん、というのは会社の元先輩で脱サラして居酒屋を開いた人だ

この、俺を強引に連れまわす田辺さんの元同期でもある

 

 

「ここから少し行ったとこなんだがな、中々に面白いぞ?」

「どうせ変な店でしょう、キャバクラとかそっち系は嫌ですよ俺」

「ふっ、お前もまだまだ甘ちゃんだな。人生経験だと思って着いてこいよ!」

「嫌だといっても行くんですよね、分かってますよ・・・」

 

 

この田辺、という人はどこまでも自由人だ

でもまぁ嫌いではないし仕事はできるから尊敬はしている。

 

 

そうこうしている内にズンズンと前を歩いていた田辺さんの足が細い階段の前で止まった

 

「よし行くぞ!」

 

慌てて田辺さんの腕を掴む

 

「や、行くぞ!じゃなくて!ここゲイバーですよ!」

「なんだ知ってたのか」

「見ればわかりますって!」

 

黒地に金のデザインの看板

その下に小さく mens only の文字

美容室以外でメンズオンリーなんて誰が見ても一目瞭然

 

「なんだよ、怖気づいたか!」

「そりゃもう、からかいでこんなとこ来たら大変なことになりますよ!」

「からかい~?そんなわけないだろ」

「へ?」

「大丈夫だ、知り合いがいるから安全圏だしな。普通の人もいるよ」

「え、それホントに大丈夫なんですか」

「平気だって!お前ホントにビビりだなー!」

 

ヘタレ呼ばわりされてイラっ、としている俺を余所目に田辺さんは暗い階段を上って行った

カランカラン、とドアチャイムが音をたてた

 

 

「おーっす、来たぞー」

「お?田辺か、いらっしゃい」

 

 

恐る恐る足を踏み入れるとカウンター越しに長身のギャルソン服と目が合った

髭面だが優しそうな雰囲気を持っている

 

「お、今日は連れがいるのか」

「後輩だよ、新井っていうんだけどな。ほら挨拶しとけ」

「…今晩は。新井貴彦です」

「どうも。マスターの内原です、これ名刺。どうぞ」

「あ、いただきます」

 

貰った名刺は看板と同じ黒地に金のデザイン

左上にさっきは慌てていてあまり見ていなかった店の名前

 

「dandelionってたんぽぽですよね」

「お、よく知ってるね」

 

マスターは柔らかく笑った

 

「dent de lion と迷ったんだけどね」

「またその話かー」

「田辺には3回くらい話したか?」

「もう聞き飽きたな」

 

二人はそういえばー、と昔話で盛り上がり始めた

dent de lion?ライオンの歯、という意味だろうか

 

「ごめんな新井君。おっさんばっかりで盛り上がっちゃって」

「なに、こいつはほっといても一人でなんか考えてるから大丈夫だ」

「それは田辺さんが一人でも楽しそうだからですよ」

 

ホントに田辺さんは自由すぎる

連れてきておいて放置なんてよくあることだ

 

「今お使い頼んでる子が帰ってきたら話すといいよ、丁度同い年くらいだからさ」

「そうですか・・」

「ちょっと変わってるけどいい子だからね」

 

同年代、か

そういえば久しく若い会話をしていない気が・・・

というか退社後はいつも田辺さんに振り回されてそんな暇もない

同期も挨拶を交わす程度だし

 

「なぁ、前から思ってたんだがあの子って“こっち”なのか?」

 

田辺さんのいうこっちとはなんなのか・・・

 

「さぁ?あんまりそういう話は聞かないなぁ…お客さんに誘われてるの見たことあるけど凄く嫌な顔してたよ」

「え、普通の人なのにこういうところで働くんですか?」

「うーん・・・彼の場合はよく分からないんだよ、飛び込みで雇ってくださいっていわれて」

「で、お前はその得体も知れない男を次の日から店にだしたんだよな」

「え!?」

「だって凄い剣幕でさ、しかもカクテルとか作れるっていってたし」

「あいつはこの店のバーテンだもんな」

「そうそう、接客はほとんどしないし。明るい子なんだけどね」

 

なんかよく分からないが自由な店だ

そうこうしている内に階段を上る足音が聞こえてきた

 

「お、帰ってきたかな」

「この店は客足大丈夫なのか?俺いつ来ても貸切状態だけど」

「たまたまだよ。おっ来た、おかえりー」

「戻りましたー」

 

 

 

 

 

俺は何気なくドアの方を見た

俺と同年代だという、その男を

 

 

男と、目が合った

 

 

「今晩は・・・あれ?」

「え・・・?」

 

 

 

その男は俺を見て謎の第一声とともに吃驚した顔で首をかしげた

一方俺はというと何処かで見覚えのある、というかはっきりと思い出せる柔らかな茶髪から目を離せずにいた

男がこちらを見たままスタスタと歩いてくる

 

「アライ?だよな」

「あぁ、えっと」

「佐倉だよ、サクラ!」

 

 

「なに?知り合いなんだ?」

 

マスターの声でふと我に返った

 

「あ、高校一緒なんすよー。な、アライ君」

「あーうん、そうです」

「相変わらずそっけねーなー」

「・・・うん」

 

 

マスターと田辺さんは不思議そうに顔を見合わせている

佐倉、そうだ佐倉だ。思い出した

確か下の名前はーーー

 

 

 

「千晶くん、とりあえずアイス冷蔵庫に入れたら?溶けるよ」

「あ、そっすね。裏行ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

「新井どうした?久々の再開じゃないのか?もっと話しかければいいのに」

「や、いうほど話した事もないんで」

「の割にあっちは食いついてたけど」

「さぁ、・・・俺明日も早いしそろそろ帰ってもいいですか」

「はぁ?」

「お金は置いていきます、じゃあお先に」

「お、おぉ?」

「ではまた会社で。」

 

 

 

後ろで田辺さんの制止する声が聞こえたが、無視した

あの場に居たくなかった

佐倉、佐倉だ。

あまり思い出したくない、あの日の事

 

 

 

「・・・あいつ変わってなかったな」

 

 

誰にも聞こえないであろう独り言は夜に溶け込んで消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、新井君は?」

「帰ったよ、よく分からんけど」

「二人って同級生なんだよね?」

 

佐倉は あー、と唸りながら少し長めの前髪を触っている

 

「なんか高校の時もなんすけど俺、嫌われてたっぽいんで」

「なに、昔あいつのこといじめてたのか!」

 

田辺が面白そうに笑った

 

 

「いや、むしろ助けてもらった事があって・・・」

「はぁ!?あいつが!人助け!?」

「意外と感情的ですよ、あいつ」

「へぇ、でも逃げるように帰ってったよね」

「おい内原・・・」

 

佐倉は少し寂しそうに俯いて小さく笑った

 

 

 

 

「んー、多分俺とはもう関わりたくないんでしょうね」

 

 

 

カランカラン、とドアチャイムが来客を告げた

佐倉は珍しく自分から挨拶に出向く

残された二人は顔を見合わせたが、それ以上聞くことはお互いにできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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