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『あー佐倉な、懐かしいじゃん』

 

 

 

 

 

 

                dande-lion 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校の同級生に電話をかけた

同窓会の欠席を伝えるついでに少しだけ、話をしてみようと思ったのだ

 

『どこであったのよー』

「あー…先輩と飲みに行った先で、な」

 

ゲイバーなんて口が裂けても言えない

 

『しっかし、佐倉といえばなぁ』

「あぁ」

『お前が退学になったあの一件以来、俺も話してなかったからなぁ』

「・・・あいつあの後どうなったんだ」

『あーあの時はお前にタブーだと思って話さなかったけど普通だったよ、先輩も諦めたっぽかったし』

「そっか、ならいいんだ」

『あの時のお前、凄かったもんなぁ。もう時効だから言うけど俺も怖かったよ!』

「はは、まぁ自分でもあの時の事はよく思い出せないんだ」

『俺、お前止めるのに必死だったもん。』

「そうだな…」

『まぁ積もる話もあるし、次こそは出席でよろしく!』

「わかった、なんかありがとな」

『おう!じゃ、またな』

 

 

 

 

電話を静かに閉じる

そうかあの後あいつちゃんと学校行けてたのか

 

「そっか…よかった…」

 

 

 

本人に、聞ければよかったけど

もしかしたらあいつも思い出したくないかもしれない

俺は今でもたまに夢に出てくる

 

喧騒と笑い声、あいつの縋る声

 

あいつの虚ろな目もーーー

 

「っ!」

 

口を手で覆いトイレに駆け込んだ、

これは俺の中の思い出してはいけない想い出

 

 

「うっ・・・げほっ、・・・、っはぁ」

 

 

何故かふと、あいつの笑った顔を思い出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新井ー、職員室行ってきた。帰るべ」

「おー」

 

 

部活が終わり皆が帰った後で俺と連れの武井だけが教室に残っていた

武井の「俺だけ夏休みの補講の紙出してない」というくだらない用事に付き合わされて。

 

「自販機寄ってっていい?喉乾いたんだけど」

「めんどくせー…帰りコンビニでいいだろ」

「えー!歩いて5分もかかんねえよ!死にそう!俺干からびるけど!?」

「ちっ、しょうがねぇな・・・」

 

うちの高校には第一棟と第二棟があって特別教室が連なる第二棟のみに自販機があった

そこに行くには長い渡り廊下を渡らなければならなかった

 

「さっさと買って帰ろうぜー、あ、今日お前ん家でゲームかりてってもいい?」

「勉強しろよお前…」

 

そんなことをグダグダと話しながら二棟へ向かう

もう生徒はきっと俺と武井だけだろう

 

 

そう、思っていた

 

 

 

「ん?だっか喧嘩してね?」

「どこ?」

「や、声聞こえるから」

「まじで」

 

耳を澄ませる、何も聞こえない

 

「空耳だろ」

「ちょっと待て、静かに!」

 

 

あ、

 

「なんか怒鳴ってるな」

「ほら!聞こえただろ!行こうぜ!」

「はぁ?めんどくせぇ、いやだ」

「もし誰かいじめられてたらどうすんだよ!行くぞ!」

「えー・・・」

 

武井は面倒事が好きだ、こういう奴を野次馬というのだろう

俺はそういうことは好きじゃない、できるだけ関わらないように平穏に生きてきた

 

「どこだろ…、さっきは聞こえたのにな」

「渡り廊下から聞こえたなら下の階の窓が開いてて聞こえたんだろ」

「それだ!じゃあ体育館か?」

「体育館なら声が響くはずだから、」

「倉庫だな!よし行こ!」

 

教えなきゃよかった、と思ったがもう遅い

武井は足早に倉庫に向かっていった

 

「早くしろよっ!」

「はぁ・・・めんど・・・」

 

倉庫に着く、確かに声はこの中から聞こえているようだった

 

「で、どうすんだよ」

「えーっと、・・・どうする?」

「考えてから来いよな…」

「とりあえず中覗いてみようぜ!」

「お前なぁ・・・」

 

俺はもうこの時点でこいつを置いて帰ろうかと思っていたのに

倉庫を覗いていた武井の言葉で足が止まった

 

「あ、れ?佐倉か?」

「佐倉?」

「ほら、前に茶髪でクォーターがって」

「あぁ、あの」

「そいつがー、あっ…」

「どした」

「うっわ…、なんかボコボコなんですけど・・・」

「ちょっとどけ」

 

武井をどかして隙間を覗いた

確かにあの茶髪だ

壁に寄りかかってぐったりしているのが見える

その向かいにはここから確認できるだけで3人程立っていた

笑い声が途切れることなく聞こえている

 

 

「ど、どうするこれけっこうやばいよな!」

「お前、職員室行って来い」

「はぁ!なんで!」

「先生呼んで来い」

「お前はどうすんの!」

「いいから呼んで来い、早く」

 

わかった、と戸惑いながら武井は走って行った

俺自身もなぜこんなに苛立っているのか分からなかった

「俺には関係ない」

いつもならそういっただろう

 

 

 

もう一度落ち着いて耳を澄ます

喧騒から微かに声が聞き取れる

 

「お前さー、」

「おい聞いてんのか」

「こいつ生きてる?」

「誰にでもやらすって、噂もーー」

「お前あんまいじめんなよー」

「俺らも暇だからさぁ」

「なぁ佐倉?」

 

 

この辺りでなんとなく佐倉が何を言われているのか分かった

きっとあの噂だ、と。

そしてガシャン、と大きな音が聞こえた

佐倉がロッカーに押し付けられる音だった

 

「っ!・・も、まじで、勘弁、してください・・」

「なぁ佐倉」

「・・・・・」

「暇なんだ今日も付き合ってくれよ」

「・・・無理です、」

「俺は忘れてないからな、女寝取られた事も」

「だからそれは勘違いだって・・」

「復讐しなきゃなぁ」

「おいっ・・やめ・・・」

 

男が佐倉のベルトに手をかけたと同時に

俺は勢いよく倉庫の扉を開けた

 

 

「おい、離せよ」

「お、佐倉の友達?」

「どうでもいいだろ」

「よくねーよ、なぁ佐倉」

「・・・もう、やめてください・・」

「復讐だっていつも言ってるだろ?」

 

男は俺を見向きもせずに佐倉の顎を掴んでこういった

 

 

 

「お友達にも教えてやらなくちゃな、お前は俺らの“道具”なんです、って」

 

 

 

 

「っ!!やめて、やめて・・」

「お前も噂広めといてくれよ、こいつは誰にでもやらせる、ってな!!」

 

周りにいた奴らが笑い出す

俺はこの異様な雰囲気に呆然と佐倉を見た

いつもの猫っ毛はくしゃくしゃに乱れていて見るに堪えない

下を向いていた佐倉がふ、と顔を上げた

 

泣いているのか、目が真っ赤で

切れた唇が微かに動く

 

 

「たすけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうそこからはよく覚えていない

教師と武井に掴み離されて

俺が馬乗りになっていた男は気を失っていて、

俺の手は血だらけだった。

 

次の週に自主退学という形で退学になった

遠くの学校に編入が決まった時、一度だけ佐倉が俺の家に来た

俺は一言だけ「もう関わりたくない」と告げた

あいつは何かを言おうとしたが俺は後ろ手にドアを閉めた

 

友達にはなれない、あんな姿を見てしまったのだから

そしてあいつも俺の事を見てあの日を思い出すのだろうと思うと吐き気がした

 

 

 

あの時あいつは何を言いに来たのか

 

『ありがとう』

『ごめん』

 

なんだっていい、考えたところで今の俺には

 

 

「もう関係ない事だ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夢は佐倉の腕を掴んで倉庫から二人で出る夢だった。

 

 

 

 

 

 

 

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