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~♪

 

携帯電話が着信を告げる

 

「もしもし」

「あ、加野さんですか?今日は、牧田です。松井クリニックの」

「まき…?あぁ、この間はどうも」

「いいえ、あの、村上さんの事で少し思い出したことがあって」

「そうでしたか…わざわざありがとうございます。」

「それで、電話ではちょっとアレな話なのでお会いできますか?」

「いつ頃ですか」

「そうですね…今日の8時頃はどうでしょう?」

「わかりました、病院まで行けばいいですか」

「や、駅前に草乃亭という店があるので」

「・・・えぇ、分かりました」

「では。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   惰性 三

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電話は一方的に切れた

どうやら急いでいる様だった

 

 

「精神科医の牧田だった」

「ふぇ?いまひゃらでふか?」

「食ってから喋れ、食ってから」

 

榊は俺の向かいで天丼を口いっぱいに頬張っている

まだまだ餓鬼だ、頭の回転は速いが常識がない

 

「思い出した事があるから、だと」

「っう」

「水飲め、水!」

「っ、・・・はぁ、死ぬかと思いました…」

「そんな変な食い方するからだろうが」

「えー普通ですよ。それで、待ち合わせですか?」

「お前も来いよ、8時に草乃亭」

「えぇ?!」

「なんだ、用でもあったか」

「や、草乃亭っていったら高級割烹の店じゃないですか!」

「おー知ってんだな。ったく、めんどくせぇ…」

「うわーどんな格好でいけばいいんですかね!」

「普通にスーツでいいから…ほんっと、お前って緊張感ねぇな…」

「何言ってるんですか!行く前から凄い緊張してますよ!」

「・・・そういう意味じゃねーよ…」

「?」

「あー、まぁいいから。出るぞ」

「はいー」

 

 

正直な事をいうと捜査から既に四日間が経っていたが手掛かりは全くと言っていいほど無しだった。

不動産をあたってみたが名前が出てくることは無かった。

同級生をあたってみても最後に会ったのは皆、三か月程前だという

その頃より前の彼女はどうやら精神的にとても不安定だったようで

心配した友人たちがたまに集まっては遊びに連れて行っていたようだ

住んでる場所、生活範囲、そんなことは誰一人知らなかった

 

 

 

ただ、一つ。同級生達のする会話の中に共通点があるとしたら

 

 

 

「あきの、か」

 

 

 

 

彼女の会話に“あきの”という女の名前が常にあったそうだ

 

 

『いつもあきのって人の話を楽しそうにしていました』

『あきのという人と一緒に住んでる、とは聞きましたけど』

『鍵を貰ったんだって嬉しそうにしてましたよ』

『その人の話をするようになってからあまり落ち込んでいる様子もなかったんで心配してなかったんですが…』

 

 

 

「ふぅ・・・これは見つけるの無理かもな」

 

 

大体の捜索人は一週間ほどで捜査が切り上げになる

事件性があるのかどうかも分からない

ただ今回は自殺の可能性がある、ということで捜査に入ることになった

 

「頼むから生きててくれよー・・・」

「加野さーん!オレンジジュース買ってきました!」

「おーありがと」

 

取りあえず今晩の精神科医の話が有力であることを願うばかりだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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カタカタ、パソコンを打ち込む音だけが部屋に響いている

 

「う、ん・・・あきの?」

「あ、ごめん。起こしちゃったね」

「んー、仕事ぉ?」

 

香澄は目を擦りながら掠れた声で私に聞いた

 

「うん、前に言ってたやつなんだけど」

「うわぁ、これグラフ?」

「そうだよ、取引先と今少しもめてるの」

「ふーん…なんか分からないけど大変そうだねぇ」

 

まだ眠たそうな香澄はベッドに潜りもそもそと動いている

 

「ねぇー」

「なに?」

「…生活費、大丈夫なの?」

「…香澄は気にしなくていいよ」

「でも私、」

「っ、ホントに!大丈夫だから…」

「・・・そっか…」

 

香澄はそれ以上何も言うことはなかった

大丈夫、二人で生活していけるぐらいの貯金はある

できるだけ私も働く

だから香澄は何も心配しなくていい

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、言えばよかったのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

飛び起きて、香澄を探す

パタパタと足音が聞こえてきた

 

ガチャ、と寝室のドアが開く

 

「あれ?あきの起きてたの?」

「あ、あぁうん。今起きたとこ」

「そっかーなんか食べる?」

「ん、自分でコーヒー入れるからいい」

「わかった、早く来てね!」

「うん…」

 

さっきのは夢、だと思う

夢?でもはっきりしすぎている

あんな会話をしたことがあっただろうか

分からない、自分の事なのに

 

 

 

 

 

 

『私ね、今が幸せか分からなくなったの』

 

 

 

 

 

また。まただ

香澄の声が頭の中で聞こえる

そんな事あの子は言わない

なんで、どうして

香澄はこんなにも私の近くにいるのに

 

 

 

「あきのー!まだー?」

「い、今いくから!」

 

 

 

 

 

一体どうしたというのだろう

最近の私はどうもおかしいのかもしれない

自分の記憶が少し曖昧で、不安だ

頭が、痛い

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか、しなきゃ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は香澄を幸せにしなくちゃならないんだから。

 

 

 

 

 

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